2004年09月16日
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Winny事件の余波、誰がP2P技術の研究にブレーキを掛けたのか?

Written By: 川俣 晶連絡先

 あまり時間を使いたい話題ではありませんが。Winny関連の話題として。「Winny事件以後、研究予算の申請時に『P2P』という言葉が入っていると予算がつきにくくなった」のだそうです。

 Winny作者逮捕がP2P技術の研究者に与えた影響 日本ソフトウェア科学会チュートリアルレポートより

 一方、NTTサービスインテグレーション基盤研究所の亀井聡氏は、「Winny事件以後、研究予算の申請時に『P2P』という言葉が入っていると予算がつきにくくなった」「聞いた話だが、昨年まで科研費の申請で題名に『P2P』とついていた研究の多くが、今年の申請では『Overlay Network』とか『グリッド』とかに題名が変わっているらしい」と語り、事件によりP2Pという言葉にマイナスイメージが伴ってしまった結果、研究への影響が多少なりとも出ているという見解を示した。

 ふと、これを読んで気になったことは、このようにP2P研究に影響を及ぼす状況は誰が引き起こしたと考えられているのか、ということです。

 Winny支持者であれば、当然、不当な逮捕を行った警察が引き金になったと思っていることでしょう。将来有望な優秀な技術者とソフトウェアにマイナスイメージを植え付けた上に、他のP2Pソフトウェアの研究にまでダメージを与えた警察は極悪であると。そんなイメージがあるのではないかと推測します。

 しかし、WinnyがP2Pを代表するソフトウェアであり、その動向が他のP2Pソフトウェアにまで及ぶと考えることは、明らかにおかしいことです。Winnyが影も形もない頃から、P2P通信を行うソフトウェアはあって、それに対する一定の注目がありました。最初からWinnyとP2Pの運命が連動していたわけではないのです。それが連動しているかのように見えるようになったということは、どこかでそのような連動が発生したタイミングがあるはずです。

 問題は、そのタイミングが、Winny作者逮捕より前か後かです。

 はたして、「前」でしょうか。

 Winny作者逮捕より前であっても、Winnyは違法行為に使われるソフトウェアであることは明らかであり、それを利用してメリットを享受していた人達を除けば、否定的なイメージで捉えるものだったと思います。それにも関わらず、P2Pという用語を使うことにさほど大きな問題が無かったことを考えれば、Winny作者逮捕より前には両者の運命は連動していなかったと考えられます。

 ということは、Winny作者逮捕より後に、WinnyとP2Pの運命が連動する風潮が発生したということでしょうか。

 もしそうだとすると、誰がそのような風潮を作りだしたのでしょうか。

 おそらく、そのような風潮を生み出したのはマスコミの報道ではないかと思います。

 たとえば以下の記事のタイトルを見るとそれが良く分かります。

 このタイトルでは、本来連動していなかったはずのWinnyとP2Pが強く関連付けられています。

 更に本文先頭段落中では、以下のような意見が掲載されています。

「P2Pイコール悪という図式ができあがってしまい、新技術の芽が摘まれるのでは」という懸念もある。

 このようなP2Pの将来への懸念と絡めた報道は比較的多く見られたと思います。

 しかし、このような報道が逆に(本来は存在しなかったはずの)「P2Pイコール悪という図式」を作りだしたのではないかと思います。それまで、確かに匿名ファイル交換システムを悪と見る考え方はあったにせよ、必ずしもそれがそれ以外のP2P通信と混同されてはいなかったように思います。しかし、マスコミがこのような報道を行ったことで、匿名ファイル交換システムとしてのP2Pと、そうではない一般のP2Pの区別が取り払われ、それに「悪」が結びつく風潮が広まったのかもしれません。つまり、このような報道が行われなければ、これほど強く一般のP2P技術まで「悪」と結び付けられなかったのではないか、と感じるわけです。

 もしそうなら、「新技術の芽が摘まれるのでは」という懸念の表明が本来関係なかったはずの「新技術の芽を摘んでいる」という皮肉な逆説が発生しています。

 とはいえ、報道側は、もしかしたら、様々な意見を公平に取り上げて掲載することが是であると考えていたかも知れません。関係者の中に、そのような意見を述べる者がいれば、それを取り上げることに意義が無いとは言えません。

 では、誰が、匿名ファイル交換システムとしてのP2Pと、そうではない一般のP2Pを混同させるような意見を述べているのでしょうか。それは、単なる無知から出た言葉でしょうか。それとも何らかの戦略性を持った言葉でしょうか。

 仮に、戦略性があるとすれば、その目的は、匿名ファイル交換システムの問題を一般P2Pを抱き込んだ大きな問題にすり替えることにあるでしょう。匿名ファイル交換システムだけであれば、それが悪であると世間に見なされる可能性は高いと言えます。しかし、実際に世の中には役に立つ健全なP2P技術も多く、それらを悪と見なすことは難しいでしょう。この両者を意図的に混同させることができれば、「匿名ファイル交換システム=悪」という図式を和らげることができます。また、P2P技術関係者も味方になってくれる可能性も出てきます。

 もし、このような戦略性を持った選択として、「P2Pイコール悪という図式ができあがってしまい、新技術の芽が摘まれるのでは」という発言がなされたとすれば、結果としてそれは失敗したことになります。

 現実には、一般のP2Pを抱き込む戦略は成功したものの、それはWinny=悪という図式を和らげるのではなく、一般のP2Pも悪、という図式を成立させてしまっただけのように思われます。